2. 実験用サル類に認められた心疾患症例鯉江洋 (日本大学生物資源科学部 獣医学科)研究の目的 サル類を用いた研究成果は人医学の根本的なデータとなり人類に恩恵を与えている.しかし,サル類の心疾患に対する疾病状況および診断 や治療などの臨床的な検討は現在まで全く行われていない.現状のままではその存在を知らずに心疾患を有したサルを使用して集積された研究データも正常なも のとして扱われる可能性を有し,人医学に対して与える影響力も大きいものと考えられる.本研究はサル類の心疾患の現状を把握するために行われた.今回の演 者は重度の心疾患を有する個体に遭遇したのでその詳細を報告する. 研究の概要 医薬基盤研究所・霊長類医科学研究センターに飼育されている主にカニクイザルを研究の対象とし,同センターで定期的に行われる検診時 の身体検査において心疾患の疑いが持たれたサルに対して胸部エックス線検査および心エコー図検査などの画像診断と心電図,血管体液調節機構の一つである血 漿中心房性利尿ペプチド (ANP)・脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP) の血中濃度測定を行った. 研究結果 1) カニクイザルに認められた筋性部心室中隔欠損症の1例 2歳2ヶ月齢の雄のカニクイザル (体重2.1 kg),定期健康診断時に右前胸部を最強点とする心雑音 (Levin IV/VI) が聴取された.一般臨床状態に特記すべき問題は存在しなかった.心電図検査では低電位を示し (第II誘導:R波 0.33 mV,S波 0.15 mV),電気軸は76°であった.一般にサル類の心電図は低電位を示す報告があるが,カニクイザルでも同様の傾向がみられた.心エコー図では心室中隔筋性 部より右室内へ流入する乱流像が確認された.同部位の血流を連続波ドプラ法で測定したところ 5.0 m/s (圧較差 100 mmHg) の高速血流の存在が確認された.また左室短軸像において乱流が確認された部位の右室側中隔面に陥没所見が認められた.また左室短縮率は41.8%を示し, 正常範囲であると思われた.なお左心房拡張の指標となっているLA/AO比は1.76を示し,軽度拡張が確認された.本症例は現時も経過を観察中である. 2) カニクイザルに認められた後天性右室二腔症の1例 9歳齢の雄カニクイザル (体重 4.2 kg),定期健康診断に左側胸部を最強点とする心雑音 (Levin III/VI) が聴取された.臨床症状は元気消失,食欲低下,削痩を呈していたが,2年前の定期健康診断では異常は認められなかった.心電図検査では低電位を示し (第II誘導:R波 0.32 mV) 電気軸は106°であったが正常範囲と思われた.胸部エックス線検査では右心系の拡大所見が認められた.心エコー図検査では右室流出路に高エコーの腫瘤塊 が認められ,胴部位より高速乱流が肺動脈内へ流入 (2.5 m/s) していた.なお肺動脈弁は正常であり,左心室は右室圧の上昇のために扁平化していた.右心房は右心系うっ滞のため重度に拡張していた.初回の検査より3ヶ 月後に状態が悪化し,下肢および陰嚢部浮腫,腹水貯留が認められ,その後死亡した.心臓肉眼所見は肺動脈弁下1cmに非常にもろい腫瘤塊が形成され,右心 室は重度の肥厚,重度右心房拡張,肺動脈弁は正常,三尖弁にも小さな腫瘤塊が認められた.組織学的検査で腫瘤塊は血栓であることが証明された.原因不明の 凝固系亢進により右心室内血栓が形成され,右心室腔を二分したものと推測した.結晶心房性ナトリウム利尿ペプチドは初回検査では 49.9 pg/mLであったが,状態の悪化により 106 pg/mLへ上昇した.また血漿脳性ナトリウム利尿ペプチドも,初回検査時に 19.1 pg/mL,死亡直前では 67.3 pg/mLへ上昇し,循環器検査として有用であると思われた. まとめ 今回の2疾患の発見により心電図,胸部エックス線,心エコー図検査が生前診断に有用であることが確認された.サル類の心疾患の現状は ヒトおよびコンパニオンアニマルと異なりほとんど把握されていない.またカニクイザルにおける先天性・後天性心疾患の生前診断の報告はほとんど行われてい ない.今回,心エコー図検査および心臓血管ホルモン (ANP・BNP) 測定はサル類においても有効な検査法であることが確認された.今後はさらに継続して本疾患の遺伝的調査並びに縦断的調査を行いサル類コロニーにおける心疾 患の現状を明らかにしてゆきたい. |